あいりん地区の紀州街道を見てきた

 大阪西成区のとある通りについて書いておきます。いわゆるあいりん(もしくは釜ヶ崎)と称される地区のなかにあって、とても面白い一角なのです。

 

 「面白い」というと、或いは語弊を招きかねないのですが、ここで言う「面白い」はあくまで交通の観点からの表現で、ポジティブなものです。その内実は追って読んでくださって伺っていただけたらと思います。

 

 そこにこの春、ユニークな駐輪場が設置されたという報道があって、この機会に足を運んでみたのでした。整備されたのは、JR環状線新今宮駅の下を潜って南北に通る市道の一部(下図、紺色の実線)。

 

該当区間とその周辺(google map を元に筆者加工)
該当区間とその周辺(google map を元に筆者加工)

 旧紀州街道の道筋とされる道(上図、点線を含む紺色の線)でもあります。

 

 駐輪場の整備区間は、この街道筋のうちの、もとより歩道の整備されていた区間と重なります。  

 

南北に延びる対向2車線の市道(南向き)
南北に延びる対向2車線の市道(南向き)
縁石から車道側へ向けて1m余り嵩上げ部分を拡げ、その拡張部分に歩道のスペースの一部を加えて駐輪スペースとしています。利用は無料。
縁石から車道側へ向けて1m余り嵩上げ部分を拡げ、その拡張部分に歩道のスペースの一部を加えて駐輪スペースとしています。利用は無料。
おかげで余裕をもって歩けるスペースが確保されたようです。
おかげで余裕をもって歩けるスペースが確保されたようです。
凹部になったところは停車スペースかと思いきや、そうでもないようす。
凹部になったところは停車スペースかと思いきや、そうでもないようす。

 

 この付近、もとより自転車利用度の非常に高いところです。

整備前の該当箇所(google street viewより)
整備前の該当箇所(google street viewより)

 

 今でも、脇の街路へ入るとたちまちこのような光景が広がります。すさまじい数の自転車です。 


すぐ近くの堺筋にて
すぐ近くの堺筋にて

 他の都市ではいざ知らず、大阪では左の写真のように自転車を歩道と路肩の間に、縁石を跨ぐように停めているのを時折目にします。

 

 行政やドライバーには不快な光景かもしれないですが、スペース占拠という負担を、歩行者と車の双方で分け合うよう求めるバランス感覚というか、合理性を感じたりもします。法的な是非はさておいて、車の通行状況がそれを許す程度に少ないこと(※)、その一方で人の往来の盛んなことなど、駐輪による歩道スペースの一方的占拠が憚られる状況があって生まれるのでしょう。

 

-写真は堺筋という大阪市内の幹線路ですが、この少し南で突き当りになっていて車の通行が多くなく、日中の車道はかなりスカスカな状態の区間です。

 

 報道で苦肉の策と書かれているあいりん地区紀州街道の駐輪場は、要するにこの縁石跨ぎの駐輪を物理的に後付けしたもののように思えます。 

 


 さてこの界隈は大阪のなかでも自転車利用のとりわけて盛んなところなのですが、あらためて現地に入って目についたのは、この道を行き来する自転車のほとんどが、きちんと車道の左寄りを走っていたことです。  

それも、ただ皆が車道を走ってる、すごい。という程度のものではなく、たとえば、停止線前で信号待ちする自転者さんの光景などごく普通にみられるのでした。

 といってやはり逆走はちょくちょくあります。歩道通行も画像が採れなかったですが目にしました。

 そして例えばこちらは、この先で交差する街路へ右折する自転者さん。

 一般にはもっと手前の時点で道路の中よりに寄って大きくカーブする経路をとるような場面ではないでしょうか。さしあたって対向する車も自転車もないなか、しっかりと角の前まで直進したうえで右折行動に入っています。

 

 これだけの数の、ごく普通の自転車利用者たちがこうした適正な通行を行っているというのは、驚くべきことです。私もいちおうその端くれである、自転車をめぐる環境とかより良い運転の啓発に関わっている者たちの願ってやまない光景が、ここではある程度実現されているのです。 

 

 この地区ですが、あらためて周辺を見ると、一種袋状というか、やや周囲から隔離された特性が伺えます(注:あくまで交通目線での観察です)。

 


地区の西側を南北に走る国道26号 府下有数の交通幹線のこの付近は中央分離のフェンスが続き、横断箇所もわずかで地域の分断性が高い。


地区の東側を通っている路面電車(阪堺線)、この付近では盛土式の専用軌道で地区を外部から隔てるバリアのよう。写真のガードは車の通行は可能なようだが実質、自歩専用状態。

 さらに当の市道(紀州街道)も、南へ数百mも進むと一方通行の細街路になります。結果として車の通過交通が、なかでもトラックなどの大型車輛が抑えられます。 

 

 また、地区を訪ねた誰もが抱く印象に、街路の往来が盛んなことが挙げられます。住人の地区内での生活の完結度(日常の買い物やサービスを車や交通機関で地区の外へ出ることなく、近隣で済ませている)が高いことが推察されます。 

 

 逆に言えば徒歩や自転車での行動の利便性が高いこと、それを保証する物販やサービス機能がある程度以上の密度で固まっていることを示しているでしょうか。このような街の在り方は、ひと中心を掲げる都市づくりの専門家らの唱える形(しばしばヨーロッパの中小都市が事例に挙げられる)をある意味体現しているようでもあります。

 もっとも、現地の自転者さんたちは、ごく自然無意識に車道を、その左側を通行位置として選んで通行しているのでしょう。一定の条件が整えば、自転者は促されなくともごく自然に車道を選択します。また自転車の車道通行がある程度以上コンスタントに発生するようになると、利用者間でキープレフトのルールが自然に生まれるのではないか(※)… といったことを考えさせられます。ここには市が躍起になって進めている矢羽根の表示は一切ありません。

 

 

(※)自転車のマナーアップだとか適正利用などというのは、倫理的意識からではなく、例えば衝突可能性の低減や回避行動という運動コストの抑制への欲求から発生してやがて定着するのではないでしょうか。マナーなどの規範意識は、それが表面化するのは、基本的な欲求なり課題なりがクリアされてからなのではいかと筆者は考えます。

 

 

 対して想い起すのは、自転車の利用環境づくりにおいて肝要なのは、専用空間の確保か、さもなくば十分な車交通(量・速度、もしくはその両方)の抑制だとして、地道に街路の手直しを続けてきたオランダの取組みです。

 

  という、へっぽこ分析から駐輪場整備を振り返ると、あいりん地区・旧紀州街道の駐輪場整備は、単に駐輪の課題に取り組んだというものではなく、当地の交通状況、もっと言えば、車と自転車との力関係の実勢により近づける調整作業だったのだと解するのが適当なのではないかと思ったりします。

 

毎日新聞(2018年5月10日)
毎日新聞(2018年5月10日)

  とすれば、ことさらに珍奇性をアピールする大手メディア(毎日新聞)の記事はやはりいただけません。タイトル中の乗り捨てという表現も、記事中に根拠の示されていないものですし、 駐輪場という表現には、こんな形の整備が蔓延ってもらっては困るというクルマ脳的本音が透けているかのようです。

 

 車の交通量が既に減っている、あるいは減少が予想される一方で、徒歩や自転車などの活動が増える、もしくは増えると予想されている、そうした車と自転車歩行者のバランスが、大きく変わってきている地区は各地に多数あります。あいりん地区の駐輪場の整備例は、そうした地区の交通課題の取り組みに対して示せる、もっと普通に共有されていい手法の一つではないでしょうか。

 

 -という意味の感想・意見を、西成区役所様へはお伝えさせてもらったつもりです(口にできたのはそのごく何分の一かでしたが)。 

 

 人くさい大阪の、とりわけ人くさい地区の自転車の利用状況が、あるいは周回遅れなのだとしても、ひょっとすると日本でも有数のバイシクルフレンドリータウンなのではないかと思えるような様相を呈していることに小生は「面白さ」を感じました。

 

 ただ、過度に特殊性を挙げるのも禁物とはいえ、やはりデリケートな地区であり、いち自転車愛好家の目線で独特の成り立ちの地区の様子をあれこれしましたかから、文中意図せず拝読くださった方を不愉快にさせる箇所もあるかもしれません。ご叱責には甘んずる姿勢ですが、なにとぞお手柔らかにお願い申し上げる所存です。 またもし、さらなる観察に向けたご指南なりいただけましたなら幸いです。

 


  • あいりん地区とは界隈の通称で、はっきりとした境界があるわけではありません。
  • 自転者 cyclistの訳語として、当サイトで独自(独断的)に使っている語です。